保育便り

<7月号>

  意識した生活!

季節の変化を楽しみ、自然に合わせた生活で日々暮らして居る私たちですが、日々のいろいろなことの出会いで心のあり方も違うものです。大人と子どもとの違いについて、大人は感情の振幅が少なく生きていけるところかな!と青春時代にわが意を得たように、大人を羨望の目で見ていた時代がありました。それも遠からずではありますが、大人と言われる時代に入っても、なんと昔と変わらぬ事が多いこと!が実感であります。

それは、その昔と変わらぬ自分が生き方を大変にしたり、楽しさが見付からない生活に成って居るのではないかとも思うのです。この世は思った通り行かないものですよ!と人に言われて育ってきましたが、その通りでしょうが全て他人の所為ばかりで良いのでしょうか。折角の人生ですから、助けて貰いながらも自分の意志で形にしたり、願いが叶う経験もして行きたいものであります。

このところで69歳の誕生日を迎えました。こう言う仕事ですから心優しい方々の集まりでありまして、皆さんの寄せ書き集を添えてお祝いの言葉を頂きました返礼に、  鉄棒での蹴上がりをもう一度出来るように頑張ります!と浮かれて言い放ってしまいました。ここ数年、公園の鉄棒にぶら下がっても、まさに干しイカの如く、ただ、ぶら下がるだけで身動きが取れない状態を経験して来ましたので、思わず願いとも希望とも言い難い、若しかしたらハードルの高い事なのかも知れませんが。そんな希望を話したら、怪我を為さらないように気を付けてください!と四名の色々の分野の方から言われましたが、蹴上がりで、どこが怪我するのかと少々腹が立ったのです。思いやりからとは言え、外部からの見方と私の内から出る気持ちの差が、これだけあるのかと気付かされた思いですが、その時から生活の中で、蹴上がりのために必要な運動を目覚めた布団の上から就寝前の時間まで、やる事を組み入れて、意識しての生活が始まりました。蹴上がりに向けてのみの意識した生活ですが、皆さんの毎日の心掛けや意識して生活されていることは、どんなことですか?ごめんなさい、思い付くままに幾らか列記してみますね。ニコニコ笑顔で! ウォーキングと幾らかの筋トレをしよう! 姿勢を真っすぐに!さっそうと歩こう! 優しい言葉を使おう! 前向きに考えよう! 思いやりのある生活をしよう! 正直に話そう! 健康に気を付けよう! 正しい判断をしよう! 怒らないようにしよう! 続けよう! 人の気持ちに寄り添おう! 人の嫌がることをしないようにしよう! 一生懸命やろう! 静かに楽しめる時間を作ろう! 本を読もう! 周囲のために頑張ろう!(順不同)

念ずれば花開くと言う言葉は、念じなければ成就しません。意識をしなければ形に成りません。幼少のころから褒められたこと、嬉しかったことは大人に成っても嬉しいことです。そして、その先には健康で充実した生活の世界が待っています。



<6月号>

周囲と共に生きる!

今年も早くも一年の半分が過ぎようとしております。一日一日の予定をこなして、お世話に成る方々をお迎えして、お一人お一人との交流で道を見付けて次の機会を約束してお別れをしたり、地域の集まりに出向いてその役目を果たせる確認をしたり、友人との集まりでも、今を語り、これからを語れる時間が有ったり、幾らかの時間を割いて美味しいものを食べに出掛けたりと、皆さんと同様の時間を過ごしておりますが、諸々の集まりの総会なども、ある程度の形式にのっとって進行されて形が整い次への道が開かれて参ります。ご参加の皆さんが概ね提案に沿った形で参加をするものです。また、長年続く慣例的な集まりや懇親会などにおいては、多くの場合に発言の機会もなく、中々実のある集まりを実感して過ごし帰れることが少ないのです。集まりの主題は主題として、ご参加のお一人お一人が参加されていることを思いますと、実に形式的で勿体ない機会であり、時間であります。役目や意義を見出して参加されてお出での方々と、今から始まる関係を見出す運営や努力をしないままでおりますと、その先に見えるものは衰退の一途であります。今を語りこれからを語る場面が出来れば、その後の会も人間関係も深まり、一人ひとりが生かされて、より良い社会が生まれて行くことに成ると思うのです。周囲を見渡しても活性化している集まりは少なく感じます。それは、今、お話した通りの手法で営々として続くことからの産物に他ならないのです。

 生まれて間もない幼稚園時代に育てたいものは、何事にも興味をもって社会で生きる力を付けるところにあります。取り巻く環境には、家族も含めて存在の大きな人間がおります。自然の驚異や季節の変化があります。初めて出会う沢山の物にも囲まれています。自然や未知の物への興味や知的欲求は自分の生命の進化と共に広がっていきます。併せて人の中で生きる知恵や術は、その時々の思いを駆使して体得して行くものですから、幼稚園のように、いろいろな欲求と思いを抱いた者同士の交流でしか身について行かない事なのです。子ども同士で作り上げ、時に衝突しながら仲直りの道を見付けて、繰り返し身に付けて行くのです。一人ひとりとの距離感はそんなところから学べるのです。支えて貰い助けて貰う喜びは、助けてあげる気持ちを育てます。友と過ごす喜びを得るのです。私達も幼少時代を振り返ってみた時にも、友だちと一緒の活動が思い出の大部分を占めています。初めて出来た時にも友達が居ました。その時その時に友達に応援してもらい支えられたことを思うのです。幼稚園時代は全てに全力です。真っすぐに向き合います。ですから上手く行かないことにも沢山出会うのですが、すごいエネルギーです!どうしても成し遂げたいことは、また立ち向かいます。成長していく途中には、周りに思いが回らず独りよがりの時代もありますが、心優しき豊かな人に出会えて学べるのです。何でも経験してきた私たち大人が、周囲と生きる喜びを、今一度取り戻したいものです。楽しい経験を沢山してきたのですから。あの子ども達のようにです。


<4月号>

 新しく入園された皆さま、そして、進級された皆さま、おめでとうございます。この“保育便り”は、すずらん幼稚園の園運営や教育理念、教育内容、教育方法、そして具体的な実践を、皆さまに知っていただく一助として、思いつくままに発信させていただく“保育随想”として、園長が担当して、毎月一回を目安に発行させていただくものです。

★ 芽吹きの季節

 木々の葉の色合いや空気の肌触りで季節を感じて生きている私たちも、新しい元号に代わる節目の年に新年度のスタートを致しました。この10連休も初めての生活の流れになりましたが、生きるということは、いつも初めてのこととの出会いでありまして、今までのいくらかの経験から、知恵を絞って道を見つける、先の見えない作業であります。                 しかし、毎年少しの時期は違っても確実に、春になりますと菜の花が咲いて、桜が開花したり、目立たない草花や木々も精一杯、生きてる存在を見せるが如く色づき空に向かっております。自然の中に生きる私達、一人ひとりの命もそのように、季節の変化と共に生かされていることを思いながら、共に暮らす人、共に話の出来る人、共に働く人、共に楽しめる人、心情を理解しようとしてくれる人、その人のためにやれることを考えられる人、知恵を借りたい人、一緒にお酒を飲みたい人、一緒に遊んでくれる人、話をうなずいて聞いてくれる人、寂しい時に会いたい人、昔話ができる人、これらの人はみんな自分の願いからですが、そんな人達の中で生きている私達も、実は、毎年、春が来て夏が来て冬が来て、そして春を迎えて居ることなのですが、自然のように大きな変化が伴わない分、自覚にも乏しくなりがちです。反省することはないのですが、自分自身の中から湧き出る願いは、周囲のそんな人達のお陰で叶えられていることに思いが至ります。人生は思うようにいかない、思うようにいかないのが人生!など言う言葉を何度か耳にして納得させてきました。思うようにいかないことを、その後、どのように受け止めるかの分かれ道がある訳です。70歳にならんとして少しも整理できず、あきらめの境地でありますが、失敗しても生きてもいられる、上手くいかなくても生き抜ける。中途半端でも続けていけると、それなりの形になる。それなりで楽しめている人が沢山いますよね。挑戦しているときの楽しさは忘れられません。それも、その後の人生の支えになるものです。いつも、いつも、これじゃ駄目じゃん!と自分を叱咤激励して歩むことも大事ですが、いろいろやって自分を探し出すには真似出来ないのです。周囲にもそんな人がおりますよね。先祖が違うのですから、同じ人なんかいなのです。人並に!という思いで育てられてきましたが、人以上は、それぞれの選択肢です。疲れたら休ませてあげる、自分の体も心もです。幼稚園での生活の学びは、一日も早く自分の物差しを作るところにあります。新しい生活の出発に、自然も人々も支え応援しています。


<5月号>


苦手!

 幼児期の行動は、感情に大きく影響を受けて、多くの事が快不快の基準で動きが始まると言う専門家がおります。ですから生活の中でも苦手意識という表現より、やってみるか、やったことがないかの線引きでありまして、この時代の大事なことは、出来るか出来ないかではなく、経験したか、経験して居ないかの違いなのです。それ以降、その人の能力云々を評価されることが多いのですが、経験したか経験していないかだけのことで、その人の能力は全ての人に備わって居ることを前提に教育が始まります。この時代までに苦手!言わしめる環境や経験があったとしたら、観点を変えて興味や関心が経験しないことで持てないだけであることを、私たちは関わることが大事かと思います。誰でもがすべての領域に関わり経験して成長することは、現実、不可能なことですが、この幼児期に周囲に起こること、目の前に起こる出来事に興味を抱いて関われる意欲や心情を、日々の生活の一見、何気ないことの中に興味を抱き関わってみる環境や雰囲気が、大事なことに成ります。私たちは、この時代に獲得してもらいたいことの第一が、その意欲なのであります。先にも述べましたように、快不快の感情が大半を占める時代に寄り添うには、気持ちよい自発的に出て来る自然な思いを理解しようとする、環境人である私たちの立ち位置や距離が大事に成って居るのであります。先の見える、予想の付くことには、幾らかでも注意を投げ掛けたくなる心情も自然でありますが、育てるということは、何らかの意図をもって事に当たる必要があります。生れてからこの方、子どもには苦手意識はなかったのであります。形を求め、結果や成果を先に求められてのことが、苦手意識を生んできてしまった!その繰り返しは、思いも寄らないことを生んでいる現実もあります。一方で、物作りの家庭に育ったり、仕事を楽しんでいる姿に触れて居たりする家庭で生きることから、社会で生きる道を見付けて成長しているわけです。お父さん、お母さんの歩む道に就きたいと願う人は、そんな気持ちも長く時間をかけて心に宿ったことも想像できます。きっと、両親の生き方を背中から学び、させられて来た意識だけでは、自分の生きる道にはしないのだろうと思うのです。人間は、いろいろなことに出会い思った通りに行かないことで、生きる意欲も減退することも出てきますが、正しいか正しくないかの観点もあるけれど、自分の思う通り心地よい歩みに身を置いて生きて行くものです。自分で課題も見付けるものです。苦手!という言葉や意識は外に向けての方便でありまして、子どもの頃のように、興味や関心が湧いて来たら始めるだけのことですから、今の生活に楽しみを見出して生きてる方も、これからの歩みの中で、やってみたいことは沢山あって良いのです。人は幾つに成っても、これで良い!言い切れないところがありますが、生きる上で、苦手意識!は取り除く心掛けで自分自身にも、周囲にも接して行きたいものです。競争や比較の産物を生涯持ち続けることは、自分自身が寂しくなります。幼児期に意欲を育て、自尊心を生涯の宝に生き抜いて欲しいと願うのです。